
園原の里
園原は都と東国を結ぶ古代東山道沿い、最大の難所神坂峠を越えたところにある山里。美しい集落に古来より多くの旅人が魅了され、数多くの歌や物語の題材になった。遊歩道沿いに点在する見どころは、日本武尊の腰掛石が残る神坂神社、源氏物語にも取り上げられた檜の老木・箒木、源義経が馬を繋いだといわれる駒つなぎの桜、かつて文人たちが中秋の名月を愛でた広拯院[こうじょういん]月見堂など。神坂神社~月見堂までは所要1時間。
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園原は都と東国を結ぶ古代東山道沿い、最大の難所神坂峠を越えたところにある山里。美しい集落に古来より多くの旅人が魅了され、数多くの歌や物語の題材になった。遊歩道沿いに点在する見どころは、日本武尊の腰掛石が残る神坂神社、源氏物語にも取り上げられた檜の老木・箒木、源義経が馬を繋いだといわれる駒つなぎの桜、かつて文人たちが中秋の名月を愛でた広拯院[こうじょういん]月見堂など。神坂神社~月見堂までは所要1時間。
標高1662mのしらび平駅から標高2612mの千畳敷駅までを約8分で結ぶ。その高低差は日本最高の950m。ロープウェイを降りると南アルプス連峰をはじめ、富士山、千畳敷カールが織りなす眺望が広がり、夏には高山植物が一面に咲く。マイカー規制のため、駐車場からロープウェイ駅まではバスを利用。
西に伊勢山、東に南木曽岳と、緑深い遠景に囲まれて、南北に伸びる妻籠の旧街道。緩やかに上下する道筋を歩けば、古めかしく、どこか懐かしい木造家屋たちが時の旅路へと誘ってくれる。伝統建築家屋は奥行きが深く、出梁造りの2階建てになっているのが特徴で、江戸時代の旅籠や民家だった建物は、和カフェにみやげ物店、展示施設などになり、その姿を今に残している。武士や公家が宿泊や休憩に利用した本陣は、平成7年(1995)に江戸時代後期の間取り図をもとに復元した建物。平成13年(2001)に国の重要文化財に指定された脇本陣奥谷は、檜をふんだんに使い城郭を模して建てられたもの。ぜひ見学しにいこう。
通称「りんてつ」とよばれるトロッコ列車。大正5年(1916)から昭和50年(1975)にかけて運行され、木曽の林業の礎を築いた鉄道。現在では観光用に復元軌道を往復運行している。
妻籠宿を南に行ったところにある集落で、古民家が軒を連ねる。ひときわ大きな袖卯建[そでうだつ]のある出梁[だしばり]民家が風情豊かな景観を作り上げている。
宮ノ越駅を出て、義仲橋手前の交差点を左に折れた中山道沿いの集落には、旧宮ノ越宿の面影を残すたたずまいが点在している。このあたりで目につくのは宿場町に典型的な2階部分がせり出した出梁造[だしばりづくり]の民家だ。木曽大工の出身地らしく、持送[もちおく]り(梁[はり]を支えるためにはめ込まれた板)にはそれぞれ意匠が凝らされており、興味深い。また、宿中央の本町には本陣と問屋の跡も残っている。
ロープウェイで行く高原は、夏になると色とりどりの花々で埋め尽くされる。リフトで上る展望デッキ「ソライロ」からは南アルプスの絶景が望め、ベコニアが足もとに広がるペアリフトで優雅な空中散歩も楽しめる。秋は雄大な山々の三段紅葉が見ごろ。高地になるにつれ、深まり行く秋に包まれる。冬期はスキー場として営業。
桝形とは、宿場の出入り口に必ず設けられた直角に折れる道。かつて幕府により防塞[ぼうさい]施設としての役割も担わされていた宿場は、街道を2度、直角に折り曲げて外敵の侵入を防いだという。妻籠の桝形は、観光案内所から下嵯峨屋までの70mの間にあり、当時の形がくっきりと分かる姿で保存されている。江戸幕府の統治の一端が垣間見える、興味深い場所だ。
外敵の侵入を防ぐため、道を左右にくねらせた「七曲がり」が野尻宿の特徴。木曽十一宿のなかでも、奈良井宿に次ぐ長さがあった。台石[だいせき]にさわるとイボが取れるという南無妙法蓮華経の碑は高札場跡の近くにある。
信州屈指の酒どころにふさわしく、白壁の土塀と土蔵が続く通り沿いに、重厚な大門が印象的な2軒の造り酒屋がある。資料館などを併設している大澤酒造と、若山牧水の歌碑に面して立つ武重本家酒造だ。江戸時代の面影をそのまま残す家並みは、郷愁を誘う。
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